プロセスマネジメント小説 本文へジャンプ
第9話 「WBS」


 

 タカ「ところでさ、トシ、うちの分業はリレー型だよね。もしこれを今からアドオン型やピール型を取り入れようと思っても、急にやったら大混乱だよね。それどころか、今やってるリレー型だって、誰か一人を加えようと思ったら、落ち着くまで結構大変だ。3類型って悪いけど絵に描いた餅じゃないの?」

トシ「タカ、同じような意見は、プロセスマネジメント大学でも最初のうち良く出るよ。それはたいていの企業で行われている分業システムが自然発生的に始まっていて、それぞれの役割のノウハウすら個人個人の頭や体に内包されている。難しく言えば『暗黙知』化されてしまっていて、誰が見てもわかるように「見える化」されていない事が原因なんだ。」

タカ「『暗黙知』ねぇ。たしかにすし屋の仕事は、ほとんど見て体で覚える世界だもんなぁ」

トシ「前にも話した工程を『小さな仕事に分けて』しまうための、強力なツールが これからやる『WBS』なんだよ」

タカ「WBS?聞いたことないね・・・WBC(ワールド・ベースボール・クラッシック)なら知ってるけど・・・」

トシ「Work Breakdown Structure の略で『作業分解図』って和訳されている。今はIT業界で主に使われている言葉なんだ。  複雑なプロセスを持つプロジェクトを分解して分業したり、業務ソフトの開発の時にも、その業務で実際に行われていることをコンピュータプログラムに落とし込むために使われるよ」

タカ「IT? ますますわかんなくなっちまうな」

トシ「大丈夫、そんな難しいモンじゃないよ。これを見てよ。」

   作田は一枚の表を見せた。

タカ「味噌汁の作り方ぁ? なるほど日本語が読めればこれで誰でも味噌汁が作れるね。でも冷静に考えたら、これってレシピが表になってるだけじゃん。WBSって表形式になったマニュアルのこと?」

トシ「確かに、WBSの外観は3つくらいの階層(データなどの上下に層をなしたかさなり)を持った表に、マニュアルを押し込んだようなものさ。でもこの階層があるって事がとても大事なんだ。」 

タカ「マニュアルは『プロセス』を『小さな仕事に分けて』並べたものだけど、WBSはそれをさらに「構造化(ばらばらのものを論理立てて整理し一つにすること)しているのさ。」

トシ「よく『マニュアル人間』って悪い意味で言うでしょ。『マニュアル人間』がまずいのは今自分がやっていることが位置している階層がわからないってことじゃないかと思うんだ。階層を理解しないで、ただ順番に作業していたら、ちょっとした変化が起きただけでも、対応できなくなってしまうよね。」

タカ「マニュアルはWork Breakdownまで Structureが無い ってことか」

トシ「さすがタカ、違いがわかる男!」
タカ「古いね じゃぁここらでコーヒータイムにしようか」
 

   コーヒーを飲み終えた二人は講座を再開した。
 
トシ「さっきもちょっと話したけど、一般的なマニュアルが困るのは マニュアルを使う人にとって今自分がどの工程にいるのか俯瞰しにくいってところ。つまりトリの目線ではなくアリの目線になってしまうんだね。たとえばこの『味噌汁WBS』  『なべを火にかける』工程一つだって、階層がなきゃぁ、だしを取っているのか、実を煮込んでいるのか、暖めているのか、トリの目で見られないからわからないでしょ?」

タカ「マニュアルを書く方だって、それぞれの工程をどのくらい詳しく書いて良いか、階層が無ければカン任せだね」

トシ「そのとおり フォーマットが決まっていることもWBSのポイントだよ。

じゃ、もう一回この『味噌汁WBS』を見てみようか」
トシは続けた。 

トシ「これは『母の日にお父さんと息子で味噌汁を作る』っていうプロセスを分解構成したものなんだけど。大項目によって作業者がお父さんと息子が入れ替わっているでしょ。これだとただのリレー型に見えるけど、もし『味噌汁の実を選ぶ』工程を5歳の弟がやることにしたら?」
タカ「あ、ピールオフだ」

トシ「ね。さらに『なべに入れる」工程で、実が豆腐とネギの時だけ煮すぎないようお父さんが息子に立ち会ったら?」

タカ「アドオン」

トシ「そういう事。WBSが完成すれば、高度な熟練が必要なものでなければ、誰でもすぐ作業ができるようになるだけではなく、『分業のための見える化作業』が完成したって事にもなるのさ。」

タカ「ふーむ・・・」

トシ「いま『さわ田』で最初に作るべきWBSのこと考えてる?」

タカ「ホール係の仕事、バッシング(片付け)、セット、注文取り・・・」

トシ「そうだね、この3枚さえあれば、麗華さんの仕事ぶりが変わるはずだろ?」

タカ「じゃあこれを早速書いてみるよ」

 


(続く)

 


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