|
「こんばんは」
作田が先頭を切ってのれんをくぐった。
「へい らっしゃい」
店は、カウンター8席に、小あがりが2つときわめて普通の店である。
よくみると奥の方に襖で区切られた座敷が別にあるらしい。
「小あがり大丈夫?」
作田は努めて平静に、小松、野部を案内しながら奥に進んだ。
奥の小あがりはまだ前の客のお皿などがそのままだったので、手前側に上がる。
偶然を装って、板場を見ると
いたいた!
懸命に洗い物をしている隆彦の姿があった。
(調理服に身を包んではいるが、全く変わらないなぁ。)
作田は思わず立ち上がる。
「タカ!」
顔を上げた隆彦の顔がほころぶ
「なんだ トシじゃないか」
板場から出てきた隆彦は、小松と野部に気づき一礼をした。
「彼が、話していた沢田隆彦君です。こちらは俺が今つとめているソフト・ブレーン・サービスの小松会長と野部社長」
「今日はお世話になります。ま会長と社長ってガラじゃないけどよろしくね」
と 小松
「よく来てくださいました。作田はすこしおっちょこちょいですがまじめなやつなんでよろしくお願いします」
温厚そうな二人に安心したのか、隆彦はそう返した。
「タカに言われたくないよ。彼は前の会社では『カタブツくん』ってあだ名だったんですから」
と作田。
「トシ、余計なこと言わないでくれよ。」
「ところでソフトブレーン・サービスって何をする会社なんですか?」
隆彦は率直な質問をぶつけてみた。
「ざっくり言うとコンサルタント会社に分類されてしまうんだけど、やってることは ちょっと違うかな」
隆彦に質問された小松が答えた。
「当社は中小中堅ベンチャー企業特化型、日本最高品質の営業支援専門会社を目指しています。特にプロセスマネジメントという考え方を武器に営業やマーケティングの強化を実現するお手伝いをしているんですよ」
と野部が引き継ぐ。
「ふーん そうですか トシは企画力あったもんな」
一瞬考えるそぶりを見せたのもつかの間、
「今日はゆっくりしていってください。サービスしますよ」
寿司屋の若い衆の姿に戻った隆彦が洗い場に戻ろうとしたその時、春江が声を上げた
「あ 麗華さん。ほら奥の小あがり下げてないでしょ」
「はーい」 明るく返事をしたのは帳場にいた若い女性店員だった。
「なに 隆彦の奥さん?きれいなひとじゃない」
「ちがうよー 彼女は人妻 かわいい子供だっているんだから」
隆彦は独身だった。
「カタブツ君」のあだ名通り根がまじめで女性を口説いたりできない性格である。
実は高校時代からずっと思い続けている女性がいるのだがこれは後ほどのお楽しみ。
お皿を下げた麗華が、決しててきぱきとはいえない動作で注文を取りに来る。
「ええっと お飲み物は?」
板場では、隆彦の父である親方和彦と板前信一が奥座敷の団体客向けの料理の真っ最中である。
「おい春江、注文代わってあげて」
息子の大事なお客の注文取りに手間取る麗華を見て、親方はたまらず奥から戻った春江に声をかける。
「はいはい」春江がにこやかに小あがりにやってきた。
「すみませーん おかみさん」
「いいのよ 麗華ちゃん ゆっくり覚えてね」
申し訳なさそうな麗華を気遣い、笑顔を崩さず春江はそう言った。
彼女はバイトに入ってまだ一ヶ月なのであった。
「お飲み物は 生ビールですね? 今日の突き出しはバイガイの煮付けですよ」
「はい カレイの唐揚げと タコね 今日はホウボウが入ってますからお刺身でいかがですか?」
さすがにおかみさんは麗華とは違い的確に注文を促していく。
「信一! 奥のぶん あとお願いね。隆彦は麗華と奥のお皿少し下げてきて。」
親方も注文を受け、てきぱきと流れをさばいていく。
団体への給仕で若干間延びするところもあったが、この夜3人は江戸前の刺身とすしをじっくり楽しんだ。
「さーておなかもいっぱい。明日出張なのでそろそろ失礼します。」
「なんだ野部ちゃん堅いね。とはいえ僕も明日のセミナーの準備があるから一緒に失礼しようかな。
作田君、今日はご苦労さん。つもる話しもあるだろうし少しゆっくりしていきなよ。」
明日の予定を抱え、小松と野部は帰り支度を始めた。
「そうですかではお言葉に甘えて・・・麗華ちゃん冷酒もう一杯だけ」
「はーい、お待ちくださいね」
作田は調子よく冷酒を頼むと、隆彦に声をかけた。
「一段落したらこっち来て飲もうよ」
親方がうなずくのを見て、ほっとしたように隆彦は前掛けをとり、作田の元にやってきた。
「これ親方のサービスです」と信一があたりめとお新香を持ってきてくれた。
「元気そうだね」
と尋ねる作田に
「まだ修行中の身だよ」
と隆彦。
「あら、その割には親方に色々逆らってんじゃない?」
とおかみさんが混ぜっ返す。
「寿司のことで逆らったことはないよ。お店のやり方のことで意見があるのさ。」
「なんでい 結局逆らってんじゃねえか」
と親方が苦笑いする。
「だって俺が来てから1年、毎月売り上げがさっぱり伸びないじゃないか」
「うるせい そういうことお客の前で言うんじゃねい!」
「・・・とまあ 毎日こんな感じさ」
と、つい小声になる隆彦
「親父も信さんも寿司職人としては本当に尊敬しているんだけど・・・トシはどうなのさ」
隆彦は矛先を向ける。
「こっちも同じく修行中。知識は少し身についてきたので、会長と社長に同行しながら実践力を磨いているところさ。
正直まだ二人の背中さえ見えないのが実情だね」
隆彦に調子を合わせるように、作田も肩をすくめる。
「なーんだどっちも一緒かぁ」
隆彦は疲れからか伸びをしながらそう言った。
「そういえばさ さっきトシんとこの社長さんが『中小中堅ベンチャー企業特化型』 って言ってたろ? うちも考えてみれば一応有限会社だしそういうことにならない?」
「うん 実は今日お店を見ていて うちでやってるプロセスマネジメントという手法を取り入れたらどうなるかな? なんて勝手に考えていたんだ」
「なんとかなりそうかい?」
隆彦は思わず膝を乗り出す
「改善の余地がいっぱいあるからおもしろいと思ったよ。実は港区でプロセスマネジメント大学ってのを今日から始めたんだ。第2回目からになるけど入ってみない?
そうだ、後で二人に相談して1回目分を特別講義できないか聞いてあげるよ」
作田は親切70%、セールス30%でそう言った。もちろん、そうなる自信もあるのだ。
「なんだ早速セールスかよ・・・でもおもしろそうだな。正直店に戻ってみたものの、親父にも信さんにもまったく追いつける気がしなくって、ちょっとクサッていたんだ。でも俺の力で店を繁盛させることができれば、だいぶ気持ちも変わってくるかな」
(続く)
|